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2013/10/01

第39回大多喜お城祭り 前夜祭記 2013

木更津に移住してから房総探偵は続く。大多喜のお城まつりは初めて行く祭りだ。ポスターを見たり過去のyoutubeとかを見て行くことを決めた。
先ず大多喜お城祭りは大変面白いお祭りだった事を報告。私は祭りフェチでは無いので浅草の三社祭や大きなお祭りはあまり知らない。ただ神社のお祭りや、秋の盆踊りとかとは全く異質のお祭りだった事を先に言っておく。地方のお祭りとしてはかなり楽しい部類に入ると思う。その上で今後よりよいお祭りになって欲しい事、地域振興の為に辛口の意見も言おう。

車は近くの中学校の無料駐車場に停めた。大多喜城はライトアップされている。そういう意味で来場者には無駄な費用はあまり掛からない優しい祭りだ。
星がかなり多く見える。暗さの感じがまた独特の雰囲気を生み出していた。ただ祭りの雰囲気は実際にその場所に行かないと雰囲気は伝わらない。
どうやって人を呼ぶのか、かなりの工夫が必要になる。例えばこのブログの写真もそうだがどうしても人の映り込みをするような写真は使えない。お城まつりに参加する人は写真等のPRに使う場合が有ります。と注釈を入れてもらえれば大手をふってもっと広報も出来る。ネット時代にそれらの広報は大変重要になっていく。
ここのお祭は昭和50年からというとそんなに古くは無い。より色々なものを取り入れて、よりよいものにどんどん変えて行けば良い。
風の盆も最近始めたらしいが大変面白かった。越中八尾の伝統をここに持ってくる。それを見る人々もまた楽しんでいるのが分かるからだ。特に外人は侍のコスプレはものすごく魅力があるだろう。羽田から1時間半程で来れる場所に、この雰囲気の城と街並みは魅力があるはずだ。

大多喜  ちば越中おわら節 風の盆

大多喜  ちば越中おわら節 風の盆

大多喜お城まつりは思ったよりも規模が大きい。
侍の衣装の用意だけでも大変だろう。前夜祭のろうそくも子どもたちが作っている感じこの準備だけでもかなり大変な筈だ。

神輿も地域別に分かれているのだろう。
夜、お酒も入るのだろうがこれは体力も居る。人の出方も沢山っぽいが沢山っぽくない感じ。。。東京、埼玉のお祭りの感じから言えば本当に人は少ない。ただ祭りの刺激的さは子供の頃に行った港区の清正公のお祭りに匹敵する感じだ。異次元の世界観が残る感じ。とても素敵なわびさびを感じたお祭りだった。

私は日本の一番の問題は少子高齢化、労働人口減少問題だといつも言っている。
房総の内側も同様だ。地元の人々は皆若者が少なくなったと一様に言う。祭りの時は華やかな街も祭りが終わると日常に戻る。

結局、産業が育たねば地域に人は残れない。その産業をどうして良いのか皆分からない。
継続性のある伝統は残るだろう。しかし、ただ単なる伝統だけでは残れない。
伝統と継続性、持続性のある発展もしくは持続をどうしていくのか、日本にはそれが求められる。

内房に行くと人口が居ない事による地域疲弊にかなり遭遇する。この日に泊まったホテルも設備の割りに金額が高い。
結局、客が来なければ客単価を上げざるを得ない。客単価を上げても総客数が少ないので雇用もパートが中心になる。するとサービスも悪くなる。単価は高いし、サービスが悪い。それでどうやって又顧客を呼べるのだろう。都市は効率が良いのだが地方は効率が悪い。それが少子高齢化市場縮小によって生じる事だ。

地方はその状況をどうするか考えねば余計人が寄り付かなくなる。そして皆、同じ時間歳を取っていく。

大多喜町の話を色々と聞くと、この街では誰か活性化を図ろうとしている人々が居ることが分かる。まずその意欲と実行力は尊敬に値する。それを踏まえてよりよくする方法を提案しながらこの文を書いていきたい。

大多喜町の祭りも決して地元だけの人々が参加している訳ではない。
鉄砲隊の人々は静岡や東京やバラバラのところから集まって来ていると聞いた。神輿や侍も城のある町、久留里と館山と大多喜とが合同で祭りを作り上げているという事だ。今度ある久留里の祭り、館山の祭りに大多喜も参加するとの事。城のある街同士が連携している。その通り、そういった街ぐるみの連携が必要だ。もう一部の事業者や個人ではどうにもならない。皆が協力しなければ若者は地域にいなくなる。よそ者を嫌う人々も居るが、そうなると今の老人世代が地域崩壊を進める事になる。それで良しとするかだ。これはもはや法律を含めた地域政治、地域自治体の問題になる。

房総の城々は昔も繋がっていただろう。徳川を中心とする勢力と北条の敵対する勢力ととかだ明治維新を乗り越えた先代達は子々孫々を憂いて戦って死んでいった。
その子々孫々が地域を消すのは忍びない。

先日、大多喜城に行った後に江戸城にも行ってみた。江戸城の天守跡と大多喜城。
徳川四天王の一人、家康と本多忠勝の位置関係とかがなんとなく分かる感じがする。城フェチの人々はそんな事で城や歴史にはまっていくのだろう。
大多喜町はNHKの大河ドラマに本多忠勝を取り上げて欲しい旨、街中にノボリを立てている。
この内房の盆地の地に大多喜城という城。史跡しか無いが木更津の真里谷城、久留里城といい山の中に城がある。
未だに残る城下町の雰囲気、不思議感が結構ある。その中に都市生活に疲れた自然派の人々がお店を出していたり、優しいお母さん達が居たり、房総半島のコントラストは結構面白い。

地域活性化は今後市区町村が本腰を入れてこ入れしないと絶対に無理だ。産業を興さねば地方は生き残れない。

この大多喜町は房総の中の市区町村ではかなり可能性が高いかもしれない。何よりやる気がある。
こういった広報と、地場産業をどう結びつけるかがこの町の大きなテーマになろう。

お城祭りの前夜祭は私の理想である。街のアミューズメント化が出来ていた。まだ問題はあるが古い街中に光を置くその幻想感。
あまり明るくしない。暗い空間がなんともまた良いのだ。
夜店も出すぎていない。地元の方々がお店を出しているのは好感が持てる。出来ればもう少し演出と品揃えを考えて欲しい。
この夜から江戸の昔の装束にし、昔の食べ物も演出して出すとかだ。せっかく惜しいところまで行っているので、もう少しの工夫で楽しみが倍増する。

歴史的な話はここでは遠慮しよう。城フェチの方々や歴史フェチの方々の方が遥かに知識があるからだ。
まずこの大多喜城自体は廃藩置県で無くなったとの事。お城の復元は昭和50年?との事なのでまだ新しい。お城祭りも第39回目という事なので新しい祭りという事になる。ただそこそこ大掛かりな祭りなのと、この街のコントラストが微妙に良い。先日富津の祭りに行ったのだけど大多喜の祭りは遥かに規模もスケールも大きい。

先ず、お城祭りは大変若者たちも多く活気のあふれた可能性のある祭りだった。

日本の地方も同じ問題に直面している筈だ。若い新しい発想の人々が村長なり町長なりになるとITを進めた新しい街が出来るかもしれない。
街自体をものづくりとアミューズメント化する。そんな街が有ってもいいのにと思う。

なび特派員千葉

新城


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